6月 24
寺越事件を注視せよ 新聞記事⑤→神戸新聞6月19日より-2
icon1 ooya | icon2 寺越事件について | icon4 06 24th, 2010| icon3コメントは受け付けていません。

今回、第9管区海上保安本部(新潟)が

死亡認定を取り消し、戸籍が回復。文雄さんは週明けにも、

あらためて94年の死亡届を提出する。

文雄さんは拉致認定と併せて、

外雄さんの長男(38)、長女(34)らが邦人保護の対象となるよう

日本国籍の取得を希望。外雄さんの婚姻届や、

2児と孫の出生届の受理も国に求める。

北朝鮮は、外雄さんらを海難救助した、と主張している。

病床にある文雄さんに依頼され、手続きをしている

「救う会兵庫」の長瀬猛代表は「状況から拉致としか考えられない。

政府は拉致と認定すべきだ」と訴えている。(宮沢之祐)

6月 23
寺越事件を注視せよ 新聞記事⑤→神戸新聞6月19日より
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寺越さん戸籍暫定回復

故郷の石川

兄が拉致認定要望

1963年に能登半島沖で失踪し、死亡と認定された

寺越外雄さん=94年に北朝鮮で死亡、当時(55)=の戸籍が18日までに、

故郷の石川県志賀(しか)町役場で暫定的に回復した。

外雄さんは北朝鮮に拉致された疑いがあり、

真相究明を願う兄文雄さん(74)=神戸市東灘区=が、

63年当時の死亡認定取り消しを求めていた。

63年、外雄さんら3人は出漁中に消息を絶ち、

海上保安庁が死亡認定をした。しかし、87年になって

北朝鮮から手紙が届き、外雄さんが結婚し、

1男1女がいることが判明。北朝鮮に渡った経緯を

説明しないまま94年9月に平壌で病没した。(宮沢之祐)

以下続く

5月 25
外雄さんは87年に北朝鮮にいるとわかったが、帰国せずに94年に55歳で病没。
現在、在日朝鮮人だった妻や長男(38)、長女(34)、孫娘(5)らが北朝鮮で暮らしている。
救う会は、法務省を窓口に、
婚姻届→子どもや孫の出生届→外雄さんの死亡届ーの手続きを同時に進める方針。
妻の意思確認など困難が予想されるが、婚姻や出生の客観的な根拠として、
外雄さんや妻からの100通を超える手紙や、家族の写真を提出するという。
文雄さんは、志賀町役場から戸籍を取り寄せる。
文雄さんは入院中で、会見した長瀬猛代表(41)は「邦人保護の対象から
家族がこぼれることがないよう望んでいる文雄さんを、安心させてあげたい」と訴えた。
・・・以下略・・・(石沢菜々子)

外雄さんは87年に北朝鮮にいるとわかったが、帰国せずに94年に55歳で病没。

現在、在日朝鮮人だった妻や長男(38)、長女(34)、孫娘(5)らが北朝鮮で暮らしている。

救う会は、法務省を窓口に、

婚姻届→子どもや孫の出生届→外雄さんの死亡届ーの手続きを同時に進める方針。

妻の意思確認など困難が予想されるが、婚姻や出生の客観的な根拠として、

外雄さんや妻からの100通を超える手紙や、家族の写真を提出するという。

文雄さんは、志賀町役場から戸籍を取り寄せる。

文雄さんは入院中で、会見した長瀬猛代表(41)は「邦人保護の対象から

家族がこぼれることがないよう望んでいる文雄さんを、安心させてあげたい」と訴えた。

・・・以下略・・・(石沢菜々子)

5月 24

寺越さん妻子らの国籍取得向け

週明けにも手続きへ

救う会兵庫

1963年に能登半島沖で行方不明になり、北朝鮮に拉致された疑いがある

寺越外雄さん=石川県志賀町出身=について、第9管区海上保安部(新潟)が

失踪当時の死亡認定を取り消したのを受け、兄文雄さん(74)=神戸市東灘区=を

支援する「救う会兵庫」は14日、暫定的に回復する外雄さんの戸籍をもとに、

北朝鮮にいる妻や子らの日本国籍取得を目指し、

週明けにも手続きに入ることを明らかにした。

5月 23

北朝鮮の元工作員の証言などから、外雄さんらは拉致された疑いがあるものの

公式には遭難死の扱いになっていた。そのため文雄さんが4月、

同保安本部長あてに死亡認定取消願を提出していた。

同保安本部は、外雄さんの両親の戸籍がある金沢市に

死亡報告取消通知書を送ったとみられ、近く戸籍が回復される見通し。

今後、文雄さんは法務省に婚姻届や2児の出生届を提出し、

30代になった2児の日本国籍を取得する方針。邦人保護の対象とし、

大阪出身の外雄さんの妻や2児の「帰国」も視野に入れ、身の安全を図るという。

死亡届もあらためて出す。

文雄さんは体調を崩して入院中で、支援している「救う会兵庫」の長瀬猛代表は

「政府が迅速に対応してくれることを願っている」と話している。(宮沢之佑

5月 22

能登沖で不明

寺越さん戸籍回復へ

新潟の海保が「死亡」取り消し

神戸の兄に連絡

第9管区海上保安部(新潟)は、1963年に能登半島沖で行方不明となり、

死亡したとされた寺越外雄さん=石川県志賀町出身=について、

兄の文雄さん(74)=神戸市東灘区=が求めていた

能登半島沖での死亡認定の取り消しを13日までに決定した。

同保安本部から文雄さんに連絡があったという。

外雄さんは87年に北朝鮮で暮らしていると判明し、94年に病没した。

外雄さんは63年、別の兄昭二さん、おい武志さんとともに出漁中に消息を絶ち、

当時、同保安本部が3人の死亡を認定した。

しかし、87年に北朝鮮から手紙が届き、生存が判明。

在日朝鮮人だった女性と結婚し、長男と長女がいることも分かった。

5月 1

死亡認定取消願は、体調を崩した文雄さんの代理で、

救う会兵庫の長瀬猛代表(41)が神戸海上保安部に提出。

取り消しが認められれば、外雄さんの婚姻届と2児の出生届を出すことにしている。

現在、30代になっている2児の日本国籍を得ることで、保護の対象とし、

妻を含む家族の日本への「帰国」も容易にすることが目的。

文雄さんは今年2月、外雄さんを拉致被害者と認定するよう中井●拉致担当相らに

要請しており「死んだ弟にしてやれることは、もうこれぐらい。

おいやめいの日本国籍を認めてもらうことで身の安全を図りたい」と話す。

長瀬代表は「死亡認定が取り消されれば事実上、拉致の認定になる。

政府はしっかり対応してほしい」と求めている。

外雄さんと同じく北朝鮮での生存が分かった武志さんは97年に戸籍を回復した。

北朝鮮側は「海難事故に遭って漂流中の3人をわが国の船が救出した」

と説明している。(宮沢之祐)

4月 30

94年まで北朝鮮で生存

寺越さん死亡見直しを

不明時の認定で神戸の兄取消願

遺児らの安全願い

1963年に能登半島沖で行方不明となり、死亡したとされたものの、

87年に北朝鮮で暮らしていると分かり、94年に死亡したという

寺越外雄さん=石川県志賀町出身=について、

兄の文雄さん(74)=神戸市東灘区=が23日、第9管区海上保安部本部長にあてて、

能登半島沖での「死亡認定取消願」を提出した。

外雄さんは63年、別の兄昭二さん、おい武志さんと漁に出て消息を絶ち、

当時、3人とも海上保安庁が死亡を認定した。

しかし、24年ぶりに北朝鮮から手紙が届き、生存が判明。

在日朝鮮人だった女性と結婚して長男と長女がおり、

生活の窮状を訴える手紙が文雄さんに届くようになった。

文雄さんは仕送りを重ね、外雄さんの死後も遺族と文通が続いている。

以下続く。。。。

4月 29

《私たちの生活はあなたらにはとても想像もできないぐらいの

”苦難の行軍”をしております》

2月に届いた手紙には、便箋2枚の裏表にこう記されていた。

苦難の行軍とは北朝鮮で300万人が餓死したともされる

1990年代の飢饉を指す言葉だ。

外雄さんの一家は苦しい生活を送っているようで、

手紙では長男に子供が生まれたことが報告され、

《まだまだ書きたいことがありますが、手が震えて書くことができません》

《命続く限り手紙します》と締めくくられていた。

「寺越事件」の拉致認定などを求めて政府への働きかけを始めた

救う会の西岡力会長代行は「政府が拉致被害者に認定していれば、

曽我ひとみさん夫婦らほかの拉致被害者の子供たちと同じく、

拉致被害者支援法に基づき保護と支援の対象になる」と指摘する。

外雄さんの親族で家族会メンバーの内田美津夫さん(56)は

「一刻も早く救い出せるようにしてほしい」と訴えている。

以下続く。。。。

4月 28

”拉致被害者”の妻から手紙

「北」の窮状訴える100通

家族会など 子供らの国籍認定求める

《心の中に秘めていた事実を書こうと思います・・・》。

北朝鮮から、切々と窮状をつづった手紙が、また日本に届いた。

差出人は、”拉致被害者”の日本人男性の妻。

男性は47年前に日本海で出漁中に行方不明となり、その後、

北朝鮮での生存が確認されたが、平成6年に病死したとされる。

拉致被害者の「家族会」と「救う会」は、

男性の拉致被害者認定と、

北で生まれた男性の子供らの国籍認定を求めて動き始めた。

男性は石川県出身の寺越外雄(てらこしそとお)さん。

外雄さんは昭和38年、兄の昭二さん=当時(36)=と

甥の武志さん(60)と漁船で漁に出かけ失踪した。

その後、武志さんが北朝鮮で「拉致ではない。救出されただけ」

と語ったため、拉致事件としては扱いにくくなった。

さらに、武志さんは平成14年、北の労働団体幹部として一時帰国し、

「将軍様の配慮で何不自由なく暮らしている」と

拉致を否定する発言を繰り返した。

昭二さんについては、脱北した元工作員の証言から

拉致される過程で殺害された疑いが浮上。

ここでも昭二さんの死亡の真相究明に重点が置かれ、

外雄さんの存在がクローズアップされることはなかった。

だが、その陰で外雄さんは日本の家族に手紙を送り続けた。

元在日朝鮮人の妻と結婚。30代になる長男と長女がいる。

外雄さんの死後も妻らが引き継ぎ、

一家から届いた手紙は100通を超えるという。

以下続く。。。。。

4月 14
 寺越事件を注視せよ!「寺越事件」記者会見動画
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◎「寺越事件」をめぐる最近の動きと課題について、

簡潔にまとめられた重要な新聞記事がありますので

読者の皆さんの理解を深めていただくため、

以下に転載させていただきます。

本件が、今後どのように推移するかは、

今の「日本国」が、果たして、

本気で国民を守る意思があるか否か

すなわち

真っ当な独立主権国であるか否かを図り得る

極めて重要なリトマス紙になるものと思います。

是非ご一読の上、ブルーリボン運動の推進に

一層のご支援をお願い申し上げます!

先日記者会見が行われましたのでここに公開します

何分マスコミ各社はほとんど取り上げることはないので

ぜひご覧ください。

寺越事件・記者会見その1

寺越事件・記者会見その2
4月 13
 序章 「寺越事件を注視せよ」
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”拉致被害者(既に病死)”

とその家族から

20年以上にわたり100通を超える手紙が、、、

つい先日も北朝鮮から届いた!

寺越事件は昭和38年に発生。

本HPでは、

特に寺越外雄さん(平成6年に病死)とご家族に

スポットを当て、

最近の注目すべき動きについて

取り上げます。