1月 18
田中実さん拉致事件と救出活動について(14)
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曹廷楽の告発に向けて

(張龍雲氏の置きみやげ)

・しかも、当該民事紛争は

結果的には曹に軍配が上がっているにも関わらずである。

・張氏の日記は、

我々が曹を告発するために大きな置きみやげとなったのである。

我々は準備に着手した。」

1月 16
田中実さん拉致事件と救出活動について(12)
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曹廷楽の告発に向けて

(張龍雲氏の置きみやげ)

・以下は情報提供にあたり秘匿を約束したため、

実名は差し控えるが、

その関係者は長瀬の申し入れを快く承諾くださり、

張氏が遺した膨大な量の日記を貸して頂いた。

・中には、

大乗寺事件や十文字山事件といった、

関西の在日社会で起こった経済事件(詐欺)に関する記述も多いが、

中でも特筆すべき資料を発見することができた。(つづく)

1月 15
田中実さん拉致事件と救出活動について(11)
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曹廷楽の告発に向けて

(張龍雲氏の置きみやげ)

・田中実さんに関わる原点は、

言うまでもなく張龍雲氏の告白であり、

その著書「朝鮮総連工作員」である。

しかし、刊行物に著された内容には、犯罪を立証するだけの証拠価値があるのか否か、

その疑念は当初から私たちの心を惑わせた。

・張氏の死去から2年近く経っていたが、

そういえば、

「分からないことがあれば、いつでも尋ねなさい」と言われて

受け取った名刺があったことを思い出し、

思い切って訪ねてみることにした。(つづく)

1月 13
田中実さん拉致事件と救出活動について(13)
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曹廷楽の告発に向けて

(張龍雲氏の置きみやげ)

・それは、平成9年(1997年)1月に山形県下で起こった、

張氏と曹の民事紛争に関わる告訴状の写しであった。

内容は、「洛東江」という組織名をあげて、

曹が非合法組織の幹部であり、その活動の一環として

資金集めを行ってというものであった。

・ということは、平成8年から9年にかけて、

月刊誌や単行本による表現と、利害の対立する法廷における一方的な表現により、

著しく名誉を傷つけられている訳で、

当然のことながら、その対抗処置として、

名誉毀損等の告訴を行ってしかるべきところを、

何もやっていないのである。(つづく)

1月 3
田中実さん拉致事件と救出活動について(10)
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韓竜大の告発(つづき)

・田中実さんが姿を消した後、

オーストリアからの国際郵便が金田さんへ届けられた。

差出人は田中さん。

内容は「オーストリアは良い所だから、

君もこっちへ来ないか」という誘いだった。

金田さんは筆跡に疑いを持ち、

この証言者にそれを打ち明けていた。

しかし、

この誘いを受け入れてしまった金田さんは、

渡欧準備のために上京することになり、

何とあの中華料理店「来大」で送別会が開かれたそうである。

・上京した金田さんは音信不通となり、

約半年後に証言者の近親が「来大」の韓を詰問したが、

韓は「知らない、

分からない」といった要領を得ない返事に終始した。

・以上の内容を、

国外移送目的略取等(刑法226条)を罪名および罰条とする、

告発状に添付して、平成14年(2002年)10月4日、

兵庫県警に提出した。受理は奇しくも10月15日、

拉致被害者5名が帰国した日であった。

1月 2
田中実さん拉致事件と救出活動について(9)
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韓竜大の告発へ(つづき)

・田中実さんが育った施設関係者の証言、

張龍雲氏が「拉致工作」を告白した横田さん夫妻へ宛てた手紙、

そして渡辺先生の証言、

しかし、

事件性をうかがわせるものがなく、

途方にくれたが、

同郷の岡田氏が執拗な調査を続けて、

ついに決定的な証言を得た。それは、

田中実さんと同じ施設で育った後輩の金田竜光さんを、

一時期雇っていた雇用主の関係者によるものであった。

証言者と金田さん、

および周辺関係者は、

田中実さんの働いていた中華料理店「来大」へ頻繁に出入りしており、

金田さんは金ちゃんと呼ばれ親しまれていた。(つづく)

1月 1
田中実さん拉致事件と救出活動について(8)
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韓竜大の告発へ

・小泉首相の訪朝後の11月、

日朝国交正常化実務者会議が開かれ、

日本側が複数の拉致被害者を照会した。

何かの集会に参加していた平沢勝栄衆議にお会いした折、

田中実さんはどうなったのですか?

とお尋ねしたところ、

そのリストの最前列で照会してあるとのことであった。

しかし、

拉致認定される様子は全く感じられなかった。

・この機に及んで未だ消極的な国に対して、

もっと強力に訴えられるものはないか、

策をめぐらしてたどり着いたのが「告発」であった。

・「相手を訴える法律知識(自由国民社)」を参考にして書面を整えるという、

誠に稚拙な行為ではあったが、

可能な限りの証拠集めに奔走することになった。(つづく)