田中実さん拉致事件と救出活動について(4)

<救出活動の経緯>

(1)張龍雲氏との出会い

・平成12年(2000年)秋、神戸市内において、或る団体の

設立記念式典が開催され、記念講演の講師として張龍雲氏が

登壇された。

私たち「救う会・兵庫」の活動にも理解を示していてくれた

その主催団体は、同年3月に家族会と救う会が実施した

「北朝鮮への50万トン米支援・反対抗議行動」

いわゆる「座り込み」に関する報告の場を提供してくれたのであった。

・「救う会・兵庫」はその催しの楽屋で張氏と初対面の挨拶を交わした。

張氏はすでに持病の糖尿病がかなり進行していると語り、

もっと早く皆さんと会っておけば良かったと云って、

長瀬代表の手を握られた。

車椅子から降りる時も奥様の介添えを必要とするほど、その病状は

相当進行していた。

いつでも分からないことがあれば尋ねなさい、と言って名刺を

差し出されたが、その約半年後、張氏は帰らぬ人となった。

・その日の講演内容は、その前年出版の「朝鮮総連工作員」に関する

内容であったが、特に田中実さんのくだりについては

詳しく言及されていた。

・それ以降、兵庫県下で実施する街頭署名活動においても、

有本恵子さんとともに田中実さんの名も連呼して

救出を訴えるよう努めることになった。

しかしながら、

田中実さんに関する世論の関心は極めて低く、

また、張氏の告白を補完するような新たな証言や証拠も

得られず、時の経過を許す日々が続くこととなった。