田中実さん拉致事件と救出活動について(5)

<救出活動の経緯>

(2)田中実さんの写真公開

・平成14(2002)年は、3月には八尾めぐみ氏が有本さん拉致を証言。

9月には小泉首相が訪朝。

何ともドラスティックに変化した感のある年だったが、

その陰で田中実さんに関して重大な事実が発見された。

・田中さんと同い年の岡田和則氏(当時、救う会・兵庫のメンバーとして活動。

現在、特定失踪者問題調査会常務理事)が、同じ学区(中学校)だったことが判明。

岡田氏は中学校から私学に進学したが、多くの同窓生は田中さんと同じ鷹匠中学校へ入学しており、

そこで田中さんと同窓になったのである。

“灯台下暗し”とはまさにこのことであった。

・岡田氏が早速同窓生に呼びかけたところ、あどけなさの残る中学生時代の田中さんの写真が

手に入ることとなった。

それが声明とともに公開された1号写真だったのである。

・9月16日の「総理訪朝緊急国民大集会」開催直前、

日比谷公会堂の楽屋で開催された幹事会は、異様なまでの緊張感に包まれていた。

訪朝直前の家族との面会を拒む小泉首相に、語気を荒げる関係者も少なくなかった。

その最中に1号写真の掲載されたチラシは披露されたのである。

・しかし、事態はこれで終わらなかった。

小泉首相が機上の人となり、私たちも帰路についた同日、

また新たな証拠がもたらされたのである。

・何と高校時代の卒業アルバムがもたらされたのである。

そこには、1号写真からはうかがい知ることのできない、

生き生きとした男子としての田中さんが収められており、

その豊かな表情は私たちの認識を一変させた。

「田中実さんは生きている!」

・帰国した小泉首相が、「5名生存10名死亡」と家族に告げたその夜、

私たちは憤りにうち震えながらも、皆同様に

「このままでは田中さんは見捨てられてしまう」

との思いを禁じえなかった。

・9月22日、緊急報告会として有本さんに御登壇いただいた後、

数種類の2号写真をマスコミに公開した。

その2号写真は衝撃をもって受け入れられたらしく、

各紙に田中さんが大きく取り上げられることとなった。

さらに情報は寄せ続けられたのである。

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