<救出活動の経緯>
(3)恩師・渡辺友夫先生
・田中実さんが在学していた頃の神戸工業高校の技術課程は、
1年から卒業までの3年間クラス替えはなかったそうである。
それ故に田中さんのことを覚えているクラスメイトも多い。
ただ卒業から40年近く経って、それぞれの人生を歩んでいる同窓生たちが
名乗り出るのは困難なことであり、私たちもそれは自覚していた。
しかし、そんなことは全くものともせずに立ち上がられた人がいる。
3年間担任教師であった渡辺友夫先生である。
・学校OBに知己のある知人を介して、
「自分が田中の親代わりに」という渡辺先生の申し出を受け、
早速長瀬救う会・兵庫代表が先生のお宅へ赴いた。
・御高齢にもかかわらず、かくしゃくとされた方である。
挨拶もそこそこに田中さんの思い出を語られた。
「彼は施設から通っていたので、常に気をかけていました。
当時の同級生には同じ境遇の者はいなかったので、心配したのですが、
屈託のない笑顔を見せる奴でした。
しかし、弁当が(施設で提供される)小さくて粗末なものだったので、
職員室に呼んでおかずを分けてやったりしました、、、」
ひとしきり語り終えた先生の目は、涙で一杯だった。
・以後、渡辺先生には、あらゆる場所にお運びいただき、
田中実さん救出のために御尽力いただいた。
そして、
ついには、青森県八戸市内で隠遁生活を送る韓竜大を訪れ、
直接お会いいただいたのである。
同行した某雑誌の記者によれば、へらへらとはぐらかす韓に対して、
渡辺先生は掴みかからんばかりの勢いであったそうである。
(その時の様子については、FRYDAY平成17年5月27日号に詳しい)




