どうしても言いたい!拉致隠蔽に群がった政・官・マスコミへの根本的不信③-2

■「あんな手紙では北朝鮮に言えない・・・」裏切られた金丸訪朝■
先遣隊が訪朝した直後、すぐに上京して石井先生に会いました。もちろん
期待の気持ちでいっぱいでした。ところが石井先生は「あんな手紙ぐらいでは、
北朝鮮には言えないので」と、開口一番おっしゃいました。
私はわが耳を疑いました。それで思わず「え?」と聞き返すと
「まあ、だから北朝鮮には言っていない」と言われました。
全身から血の気が抜ける思いでした。目の前が真っ暗になりました。
ちょうど2002年9月に当時の福田康夫官房長官から恵子が「亡くなっています」
と通告されたときと同じでした。
石井先生は後日、「あんな手紙ぐらいでは」と言ったのは北朝鮮の人間で、
この件はきちんと北朝鮮側に伝えた、などと私どもがはじめに耳にした説明とは
全く異なる発言をされています。
しかし、1990年9月に大々的に報じられた金丸訪朝でも、その直後の
小沢一郎自民党幹事長らの訪朝でも恵子たちの問題をはじめとする拉致問題は
まったく取り上げられませんでした。
当時、金丸訪朝は、日朝国交への扉を開いたなどと評価されていましたが、
実際は、拉致問題の解決なしの日朝国交正常化を目指すという、
許し難い外交を行ったのです。
現在(平成19年11月当時)、民主党代表である小沢氏は、
自身が自民党幹事長としてかかわった金丸外交について
反省の弁をいまだに述べていません。
それでは政権を担うかもしれない第1野党党首の資格を疑われる。
私はあえてそう言いたいのです(政権が交代したことはご周知の通り)。
(つづく)
*「正論」平成19年11月号より(加筆・修正のうえ転載))

■「あんな手紙では北朝鮮に言えない・・・」裏切られた金丸訪朝■

先遣隊が訪朝した直後、すぐに上京して石井先生に会いました。もちろん

期待の気持ちでいっぱいでした。ところが石井先生は「あんな手紙ぐらいでは、

北朝鮮には言えないので」と、開口一番おっしゃいました。

私はわが耳を疑いました。それで思わず「え?」と聞き返すと

「まあ、だから北朝鮮には言っていない」と言われました。

全身から血の気が抜ける思いでした。目の前が真っ暗になりました。

ちょうど2002年9月に当時の福田康夫官房長官から恵子が「亡くなっています」

と通告されたときと同じでした。

石井先生は後日、「あんな手紙ぐらいでは」と言ったのは北朝鮮の人間で、

この件はきちんと北朝鮮側に伝えた、などと私どもがはじめに耳にした説明とは

全く異なる発言をされています。

しかし、1990年9月に大々的に報じられた金丸訪朝でも、その直後の

小沢一郎自民党幹事長らの訪朝でも恵子たちの問題をはじめとする拉致問題は

まったく取り上げられませんでした。

当時、金丸訪朝は、日朝国交への扉を開いたなどと評価されていましたが、

実際は、拉致問題の解決なしの日朝国交正常化を目指すという、

許し難い外交を行ったのです。

現在(平成19年11月当時)、民主党代表である小沢氏は、

自身が自民党幹事長としてかかわった金丸外交について

反省の弁をいまだに述べていません。

それでは政権を担うかもしれない第1野党党首の資格を疑われる。

私はあえてそう言いたいのです(政権が交代したことはご周知の通り)。

(つづく)

*「正論」平成19年11月号より(加筆・修正のうえ転載)

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