『恵子、お母さんは待っていますよ!』特別号「日本赤軍よど号犯の妻、金子(赤木)恵美子、裁判傍聴記録」5

1984年7月19日まで証人は帰国していない。3ヶ月で帰国しなかった理由は、

北朝鮮で思想的教育を受けながら、よど号犯人たちを日本の革命家として紹介され、

無理やり結婚させられたから。結婚式は日本革命村で1977年5月4日にあげた。

前日には赤木と金子恵美子が結婚し、翌日には田中と水谷キョウコが結婚したと、

労働党のものや田宮から聞かされた。吉田金太郎には会ったことがない。

よど号犯人たちが急に結婚した理由は、1975年5月6日に金日成がよど号犯人たちと会い、

全員に結婚命令を出したから。労働党の者やよど号犯人たちから

「教示」(きょうしと証人は言う)のことを聞いた。

教示とは金日成の思想を明らかにした日本革命への指示のこと。

結婚式は、金日成と金正日に対する感謝と忠誠を誓う手紙を書いて読み上げることをする。

(よど号犯人たちの写真を見せる、全員の名前を言う。柴田の写真も見せて確認)(つづく)