『恵子、お母さんは待っていますよ!』特別号「日本赤軍よど号犯の妻、金子(赤木)恵美子、裁判傍聴記録」7

革命村では朝食後、本部に集まって朝の会議をした。その日の計画を発表し、

学習として労働新聞を読んだ。「抗日運動」の時の活動家連中が歴史として登場する。

昼食までは個人の学習を本部でやる。昼食後2時間は休み、

その後本部で活動準備。週に1回は映画がある。

夕食は1984年までは食堂で全員一緒に食べたが、1985年からアパートで妻たちが

作って食べるようになった。夕食後は個人学習、たまに映画があった。

これが平日の日程。

土曜日は、午前中金日成主義について学習、

その論文について討論。午後は生活総括。

日曜日は基本的に休み。

任務とは教示のことである。証人は1977年5月14日に革命村で

金日成と会った。直接、革命村の中で妻たちに対し

「学習して立派な革命家になれ」と教示。

証人は当時朝鮮語が分からず、後からよど号犯人たちに訳してもらった。

1978年末、田宮から金日成の教示についての話があった。

日本を金日成主義化するための具体的内容の総会があり、全員主席していた。(つづく)