証人が初めてキム・ユーチョルと招待所で会ったのは、1977年3月か4月頃、
同人は五六課の副課長、革命村では田宮とよく討論していた。
彼のあだ名は「カゲッソ」、口癖からこの名がついた。皆カゲッソ先生と呼んでいた。
キム・ユーチョルは海外へよく行っていた。
ユーゴスラビア、オーストリア、デンマーク、フランスなど。
肩書きは、ユーゴスラビア・ザグレブにある北朝鮮大使館の副領事だった。
(キム・ユーチョルの写真を見せて確認)
証人は神奈川県警で写真を見せられたときに、
キム・ユーチョルの素性を隠そうとして、中国人のリュウだと言った。
キム・ユーチョルの別名は「ウツノミヤ オサム」。
証人はフランスやアジアでこの旅券を見た。キム・ユーチョルは日本語がとても上手だった。
1977年5月か6月頃に、「チョウ先生」という人にも革命村であった。
14時50分 休憩
15時16分 再開、引き続き検察尋問に八尾証人が答える。(つづく)





