『恵子、お母さんは待っていますよ!』特別号「日本赤軍よど号犯の妻、金子(赤木)恵美子、裁判傍聴記録」10

チョウ先生も五六課所属、ユーゴスラビア・ザグレブにある

北朝鮮大使館の副領事だった。海外活動を主にしていたが、

日本語は下手だった。後に段々上手になった。

(チョウの写真を見せて確認、金子の写真を見せて確認)

よど号犯人たちは彼らと共に海外で活動する。

証人は1979年12月から1980年1がつまでスペインに行った。

1983年末頃までヨーロッパで活動、人さらい以外では、

旅券の更新や労働党関係の仕事で海外に出た。普段は田宮から任務が来るが、

たまに労働党から直接、工作場所の偵察の任務が来た。

革命村では、配給以外に1ヶ月に130ウォン支給された。

外貨と交換すると値打ちが上がり、1ウォンで子供の下着が買えた。

資金稼ぎの目的で海外へ行った事はない。(つづく)

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