『恵子、お母さんは待っていますよ!』特別号「日本赤軍よど号犯の妻、金子(赤木)恵美子、裁判傍聴記録」11

工作で海外へ行く子とを「出張」と呼んだ。

海外任務の資金は田宮から渡された。

日本人を獲得する場合の条件は、正直で素直、義理堅く、

警察が家族や親族・友人におらず、両親から独立していること。

証人が実行した共同任務は、スペインの他、

1981年3月か4月頃から7月までフランス、1983年3月にイギリス。

他のメンバーの任務についても知っていた。

それは、革命村での生活の中や、出発前の見送りのときに分かった。

見送るために集まることを「決起集会」と呼んだ。

ユーゴスラビア・ザグレブによど号犯人たちの前線基地があった。

常駐者は赤木、田中、安部が交代で就いた。

証人はここで常駐者以外とも数多く会った。

日本人獲得は、男達が国際指名手配されていたので、

女達が中心になって実行した。キム・ユーチョルと証人の実績としては、

1983年7月頃、有本恵子さんを見つけ出し獲得したこと。

(この発言は15時36分)(つづく)

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