『恵子、お母さんは待っていますよ!』特別号「日本赤軍よど号犯の妻、金子(赤木)恵美子、裁判傍聴記録」12

1983年1月頃に革命村の田宮の執務室で、

証人と福井が任務を与えられた。

「25歳くらいまでの女性を何人でもいいから獲得しろ」

それまで田宮からの任務は男女を指定しなかったが、

このときは女を指定した。

「男ばっかり獲得しとったらあかんやろ、女も獲得せんと・・・」

田宮が証人に向かって言った。

すでにさらわれて来ていた2名の男性を、

金日成主義化するため結婚させる女性が必要であるということだった。

福井と証人の共同任務中、3月にロンドンで活動中の本部から

「すぐ帰れ」と連絡があった。

5月にザグレブの基地で、田宮から「この前の任務の続きをやれ」と言われた。

これは、すでに獲得した男性の結婚相手をさらうことである。

1983年4月中旬に証人はロンドンに入り、

インターナショナルハウスという語学学校で有本恵子さんと知り合った。

証人はこの時、「ヤノ ムツミ」もしくは「ヤダ ムツミ」と名乗っていた。

有本恵子さんは獲得対象者にピッタリだった。(つづく)