『恵子、お母さんは待っていますよ!』特別号「日本赤軍よど号犯の妻、金子(赤木)恵美子、裁判傍聴記録」16

一般的な海外ルートは、平壌→モスクワ→ベオグラード→ザグレブ→ヨーロッパ各国。

帰りは、コペンハーゲンもしくはウィーン→ザグレブ→ベオグラード→モスクワ→平壌。

ザグレブやベオグラードは北朝鮮と国交があったため、

北朝鮮外交官が居たので拠点にしていた。旅券の交換などもしていた。

連絡は、平壌からザグレブにはテレックスで連絡し、

ザグレブから前線基地へは電話連絡を用いて、早くて2日かかった。

証人は1997年2月に北朝鮮に行き、日本の旅券を預け北朝鮮の旅券を作った。

1979年にスペインに活動に行くときに、日本の旅券が証人に返された。

証人やよど号犯人たちは、北朝鮮の公民旅券で、北朝鮮外交官と一緒に

ザグレブなどの空港で出国手続きをしてから、日本の旅券に取り替えていた。

外交官とはキム・ユーチョルやチョウなどである。1984年頃から、

証人は日本へ活動に入るようになってから、日本旅券を持ったままとなった。

旅券は布袋に入れ、太もものサポーターにはさんで隠していた。(つづく)