『恵子、お母さんは待っていますよ!』第10回 政治の罪・不作為の不当性③ その5

平成7年3月、橋本敦代議士の議員事務所を訪れた明弘さんは、

対応した秘書・島村氏に議事録の写しを示して、

恵子さんの事件とその後の経緯を説明し、

「先生が国会質問された頃はリ・ウネ(大韓航空機爆破事件犯人、

金賢姫の工作員教育課程における日本人教育係)のことについては

まだはっきりとはしておりませんでした、

しかし今はもう田口八重子さんであると判明しています。

どうかもう一度質問して頂いて、

娘の事についてご協力して頂けないでしょうか?」と懇願した。

島村氏は本人に取り次ぐ事を約束し、明弘さんは神戸への帰路についた。

数日後、橋本代議士本人からハガキが届き、

「私で良かったら協力させてもらう」という趣旨の事が綴られていた。

早速、同代議士の秘書と名乗る兵本達吉氏という人物から連絡が入った。

その後、兵本氏は熱心に有本夫妻からの聴き取り調査を実施した。

神戸の有本さん宅にも脚を運んだ。明弘さんの記憶では、

来訪した兵本氏は、「党の許可を得た上での行動です。」と

ご夫妻に明言したそうである。

同年秋の臨時国会にて取り上げられる可能性もあったが、

年を越して平成8年の春、いよいよ橋本代議士が質問に立つという事になり、

有本さんへも連絡が入った。(つづく)