『恵子、お母さんは待っていますよ!』第10回 政治の罪・不作為の不当性③ その6

兵本氏は電話で

「まず横田めぐみさんの件を取り上げ、

後にリ・ウネに関わる議事録(昭和63年参院予算委)の事を質して、

恵子さんの事件を取り上げる二段戦術で迫る」と

論法についての概略を説明した後、

「被害者の各家族へも連絡していますので、

有本さんにも傍聴して欲しい」と上京を促した。

ときは2月20日の法務委員会とされた。

しかし、直前になって質問は中止となった。

有本さんご夫妻が上京への旅支度を整える中の唐突な中止連絡だった。

明弘さんがテレビ朝日の石高プロデューサーにその訳を訊ねると、

「法務委員会そのものに

橋本首相が出席しない事になった為ではないか」と諭された。

明弘さんはその頃「そういうものか」と半ば諦めていたそうだが、

今は確信をもって否と言い、

共産党をも巻き込んだ「金丸外交」の悪弊により、

朝鮮外交はすべて誤りであったと断言されている。

その強い憤りの込められた発言は、個人的な次元を超え、

社会性を帯びて聴く人の心を捉える。

明弘さんにとって、橋本質問のその後は

「国益無視の朝鮮外交」への憤激と批判が、

確信となる段階で重要だったのではないだろうかと、私たちは推測する。

幻に終わった法務委員会の翌月、

「家族連絡会」が結成され有本さんも未認定(当時政府が認定していた

7件10名には含まれていなかった)ではあったが参加するに至るのである。(つづく)