『恵子、お母さんは待っていますよ!』第1章 ロンドンからの手紙2

 両親は一切援助しなかったという。

「それで諦めるに違いない」と考えての事だ。

しかし気丈な性格の恵子さんは、

幼い頃より慕っていた父明弘さんの妹Sさんを頼りにしつつ渡航の準備を始めていた。

Sさんは物心両面で彼女を支え、恵子さんもまた多くの悩みを打ち明けていたに違いない。

それがまさかこんな事になるとは・・・Sさんもまた悲劇の渦に巻き込まれていくのである。

「私たちは最後の最後まで反対したんです」と母の声は震えていた。

恵子さんの決意は固く、彼女は旅立った。

ロンドンでの生活費、学費のすべてを賄うために、

見知らぬ土地で彼女はベビーシッタ-として子供たちに接しながら頑張っていたという。

反対を押し切っての渡航であればこそ手紙は欠かさなかった。

約束を大幅に過ぎた約一年半後の昭和五十八年十月、コペンハーゲンで消息を断つまでは。(つづく)

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