今春(平成12年)のロンドンからの手紙は、
相当額の預金残高を残し十八年間手付かずの口座を不審視した英国当局が
、同銀行に問い合わせたものが照会されて来たものである。
すぐに神戸の支店を訪れたが「支店が違う」と門前払い。
やむなく知人を介し東京の本社を通じて
「北朝鮮による拉致事件に巻き込まれたので、
口座は日本へ移設してほしい」と要請した。
すると「政府機関の証明がなければ不可能」と返答され途方に暮れていたという。
最終的には様々な配慮が為され事なきを得たものの、
一連のやりとりが有本夫妻を苦悩の原点へとフラッシュバックさせた。
母はなおも続ける。「県警外事課へ捜査依頼を出したら、
次々と海外で亡くなった日本人女性の身元照会を受けました。
だから私は言ったんです。
亡くなった方のお話ならもう結構です。娘は生きていますから・・・」
その後、
両親が娘の平壌での生存を知るのは、昭和六十三年九月のことである。





