恵子さんの失踪から五年が過ぎようとしていた
一九八八年(昭和六十三年)九月、
生存を信じる家族のもとに思いがけない情報がもたらされた。
それは「Iさん」という北海道に在住している女性からの一本の電話だった。
彼女の話は、想像を遥かに越えた内容で、にわかには想像できないものだった。
「行方不明だった私(Iさん)の息子が、北朝鮮の平壌で生存しているという手紙を受け取りました。
三人の日本人と共に生活しているそうで、その内のお一人が有本さん、
あなたのお嬢さんです。
写真も同封されていましたのであとで送ります・・・」
母は必死で記憶の糸を辿った。
「たしか最後の連絡はコペンハーゲン、
ヨーロッパで市場調査の仕事を手伝っていると言っていたはずが
どうして北朝鮮に居るのかしら?」。。。。。(つづく)





