韓国当局に逮捕された実行犯金賢姫(キムヒョンヒ)により、
工作員教育課程での、
日本人教育係李恩恵(リウネ)の存在が明らかにされ、
日本社会に大きな衝撃が走ったのは昭和63年(1988年)1月であった。
実は同年9月、母が初めての陳情に警察庁を訪れた際対応した人物こそ、
キムヒョンヒを直接事情聴取しリウネが田口八重子さんである事を特定した捜査官だった。
この事を後年になって警察関係者が明らかにした。
同氏がいつ特定に至ったのかは不明であるが、
マスコミを通じて世間に公表されたものには平成3年(1991年)5月とされている。
半島情勢は風雲急を告げ、「拉致事件」も、
”疑惑”として取りざたされるようになっていた。
(2大韓航空機爆破事件おわり。以下つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より




