平成2年(1990年)12月中旬「週間文春」の記者が有本家に突然やって来た。
「外務省から情報を聴きました。お話を聴かせてください」と言う彼に、
その外務省から口止めされている両親は困惑した。
更に奇怪な事に、暮れも押し迫った頃マスコミ各社が大挙有本家に押しかけた。
「もう誰がどこの人やら、引っ切り無しでした。
共同通信の方がおられたぐらいしか覚えていません。
それ程混乱していたのです。」
嘉代子さんは対応に追われた当時を振返る。(つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より




