1月7日(1991年)の一斉報道により家族は決断を迫られる。
「意に反したとは言え事ここに至り、事件の内容が公となった以上、広く世間に訴えて早期解決を国に促す方が良いのでは・・・」。
そして、Iさん(北海道)・Mさん(熊本)の2家族は1月15日、神戸の有本さん親類宅に集った後、翌16日上京。
3家族そろって外務省への「救出要望書」提出を決行する運びとなった。
昨年来、有本さんへの取材を続けていたマスコミ各社へもこの事は伝えられた。(つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より





