この時点まで、記者会見の構想を3家族が持っていた訳ではない。
急遽決まったこの事を当日同席していたNHKの記者に伝えたところ、
スムーズに進展、同社が幹事会社となり記者会見がセットされ、
外務省の窓口も北東アジア課の今井課長が対応することとなった。
1月15日深夜、NHK神戸支局の山本記者から有本明弘さんに電話連絡が入る。
「明日(記者会見当日)東京で会って欲しい人がいます。いかがでしょうか?」。
有本さんは、それがどんな人物か、
皆目見当もつかなかったが、
全てを託している幹事会社からの申し出でもあり承諾することにしたのであった。
(マスコミの一斉報道おわり。以下つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より




