「恵子、お母さんは待っていますよ!」第3章幻の記者会見 5幻の記者会見(1)

平成3年(1991年)1月16日、

記者会見が実現するはずだった日である。

当時のマスコミは連日ペルシャ湾に集結した多国籍軍と、

クウェートに侵攻したイラク軍の動向を連日トップで報じていた。

この日は湾岸戦争勃発前夜だったのである。

 記者会見を司る幹事会社NHKは、

神戸から1月7日の取材で有本夫妻と面識がある田村記者と、

東京の崎本記者を派遣して、

2家族による(有本さん・I さんの家族が参加、熊本のMさんの家族は不参加)外務省への救済要望書提出から、

都内での記者会見に至る全行程を取り仕切っていた。(つづく)

長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より