ここで、また奇妙なことが起こった。
明弘さんが憤激おさまらぬまま神戸に戻った1週間後、
唐突に遠藤忠夫から電話が入り、
わざわざ神戸までやって来るというのである。
来神した遠藤は言う。
「あの話(平成3年1月16日の記者会見と引き換えに、秘密裏に有本恵子さんたちを救出するという話)は、まだ生きているから黙っていて欲しい。金日成の主治医につながるルートがあるから安心して欲しい・・・」と。
しかし、明弘さんは大いにいぶかしんだ。
遠藤は平成3年1月の時点で「1~2ヶ月の辛抱」と言っていたが、
既にその期間は大きく過ぎている。
そして、
何よりも遠藤がどうして外務省へ赴いたことを知っているのか???(つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より




