「恵子、お母さんは待っていますよ!」第4章許されざるNHKの罪 1謀略の行方(1)

平成3年(1991年)1月16日、

有本さん・Iさん(北海道)の2家族は、

自分たちの子どもが北朝鮮で自由を奪われていることを公表し、

広く世論に訴えて国に早期解決を促すべく記者会見を開くに至った。

しかし、

記者会見の幹事を引き受けたNHKの記者が直前になって、

遠藤忠夫と名乗る「金日成の主治医に通じる太いパイプを有している・・・」という

人物を両家族に引き合わせ、

彼の強い進言により同記者会見は失敗したのであった。

 平成2年(1990年)9月、

自民党・社会党訪朝団(金丸・田辺)は朝鮮労働党との間で、

「日朝三党宣言」に調印し、翌1月からは「日朝国交正常化交渉」が始まっていた。

NHKによる

「謀略(救う会・兵庫(筆者の長瀬猛が代表)は本件の不可解なNHKおよび遠藤忠夫の行為を、”謀略”であると推定します。)」は、

まさにこの最中に発生した。(つづく)