「恵子、お母さんは待っていますよ!」第4章許されざるNHKの罪 2卑劣なNHK(1)

 平成5年(1993年)5月23日、

兵庫県警外事課の捜査官が有本家にやって来た。

彼は懐から1枚の写真を取り出し、

「娘さんに間違いありませんね」と両親に確認した。

そこには確かに恵子さんが写っていた。

「何か駅の待合室のような感じでした・・・」と母・嘉代子さんは写真の記憶を語る。

 恵子さんからの最後の音信は昭和58年(1983年)の10月の手紙だった。

 「一体どこの写真ですか?」

 とたずねても、

捜査官は「確かな証拠です」とは言うものの

明言を避けたという。

 この日、

有本家で1通の調書が作られ、

そこに父・明弘さんがサインした。

 愛娘恵子さんの失踪から、

実に11年の歳月が経過していた。(つづく)

長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より