平成5年(1993年)5月23日、
兵庫県警外事課の捜査官が有本家にやって来た。
彼は懐から1枚の写真を取り出し、
「娘さんに間違いありませんね」と両親に確認した。
そこには確かに恵子さんが写っていた。
「何か駅の待合室のような感じでした・・・」と母・嘉代子さんは写真の記憶を語る。
恵子さんからの最後の音信は昭和58年(1983年)の10月の手紙だった。
「一体どこの写真ですか?」
とたずねても、
捜査官は「確かな証拠です」とは言うものの
明言を避けたという。
この日、
有本家で1通の調書が作られ、
そこに父・明弘さんがサインした。
愛娘恵子さんの失踪から、
実に11年の歳月が経過していた。(つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より




