「恵子、お母さんは待っていますよ!」第5章日本赤軍よど号グループ 2引き裂かれる愛情(1)

平成5年初旬、

遠藤忠夫が「必ず本人(恵子さん)に渡す」と言って、

家族の寄せ書きを持って姿を消し3年余月が経過していた。

話がそのことに及ぶと、何と高沢氏が彼と面識があると言う。

しかも、

平壌を訪問する際、

彼から「故・田宮高麿(よど号グループのリーダー)に渡して欲しい」と

手紙を託されたと言うのである。

高沢氏はよもやそれが、恵子さんの家族の手紙だとは知らず、

約束通り田宮に手渡したそうである。

 高沢氏は、

おそらく北海道のIさんから入手したであろう鮮明な写真を3枚持参していた。

それは昭和63年(1988年)9月に、

有本夫妻が手紙と一緒に受け取った写真のコピーと同じものであった。

次の瞬間、夫妻は耳を疑った。(つづく)

長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より