てっきり熊本のMさんだと思い込んでいた乳児は、
Iさんと恵子さんの間に生まれた子ども、
すなわち孫であるというのである。
さらに、
Iさんからの手紙にある
「・・・特に衣服面と教育・教養面での本が極端に少なく、
3人共に困って居ります。・・・」の
記述について、
嘉代子さんは、
李恩恵(リ・ウネ)・・田口八重子さんなどの事案から推測して、
工作員の教育等に従事させられている関係だろうと思っていたが、
これはIさんと恵子さんが厳しい環境下でも、
いつか帰国する日を考えて
必死にわが子を育てているためであろうと、
高沢氏はみているという。(つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より




