しかも、
この手紙が記された背景について、
「当初共同で生活していたはずのM氏に関する記述が、
恵子さんやI さんと比べて限定されていることから推し量ると、
執筆時にM氏は共同生活をしておらず、
どこか別の場所へ移されている可能性が極めて高い。
北朝鮮では、
行動の自由など一切認められていないので、
一緒にいないということは、
当局の意向であるとしか考えられず、
それが実に恐ろしいことであることは
Iさんと恵子さんも分かっていたはずである。
その証左として、
極めて限られた外出時間内に、
それも監視下で旅行者(ポーランド人)に手紙を託す行為は
極めて危険であるにもかかわらず、
あえてその危険を冒す理由は、
いつ自分たちにMさんと同じ事態が訪れるかもわからないという、
緊迫した状況があったに違いない」と、
この手紙が自分たち、
すなわち恵子さんとIさんの生存の証としての
「愛する人々への悲痛な叫び」
であろうことが、
高沢氏から両親に告げられたのである。(つづく)
長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より





