「恵子、お母さんは待っていますよ!」第6章日本赤軍よど号グループ② 検証・最後の音信(3)

その手紙は最後の音信となるが、

日付入りの最後の手紙は

同年(1983年)7月4日付けのものである。

この2通の手紙は同じ便箋で書かれており、

7月4日付けの方には以下のような記載がある。

「ロンドンを出てコペンハーゲンに来たものの、

観光シーズン真っ只中でユース等は一軒も空きがない。

そこで仕方なく高価なホテルに宿泊したが、

(滞在が長引きそうなので)アパートを借りて住んでいます。

ホコリ臭いところです・・・」と。

 嘉代子さんは

「本人がいう市場調査に関する仕事上、

誰かを待って1人でコペンハーゲンに留まっていたということは、

相当に信頼できる人物と出会っていたはずであり、

本人の語学力からしても、

それは日本人であろう。

そして、

本人の性格や素行からみても女性に違いない」と推測している。(つづく)

長瀬 猛氏著作『恵子、お母さんは待っていますよ!』より

Comments are closed.