どうしても言いたい!拉致隠蔽に群がった政・官・マスコミへの根本的不信⑧-1

■無視された手作りビラ■

手記掲載作業と並行して、1991年の記者会見をアレンジしてくれたNHKの記者に連絡して、

「新しい事実が週間誌に公開されたから再度記者会見をお願いしたい」と依頼しました。

すると記者は「一度公表されたことはニュース性がないので協力できない」と返事をしました。

そのさい、記者は私たちが自前で会見を開く方法を教えてくれました。

家族会結成後の記者会見は、支援団体の救う会などが全部設定しており、記者に頼むことは

ありません。しかし、当時は事情を説明してくれる人も支援者もいませんから、

前回してくれたことをなぜできないのかと強いショックを受けました。

特にNHK記者がE氏を紹介したため前回の会見がぶちこわしになったのだから、

その責任を取る上で2度目の会見を手伝ってくれてもおかしくないはずなのに

との気持ちがありました。

自分たちで会見を開くことは到底無理だと考え、

前掲の週刊文春1994年3月31日号記事と91年1月の新聞記事をコピーし、

欄外に次のような私の訴えと住所名前を記した手作りのビラをつくりました。

「欧州で行方不明になった日本人大学生3名失踪事件

右記事件の真相解明と行方不明者の消息確認を国民世論を以て

総理に

請願するものです。

国交正常化交渉時の正式議題に組み入れて戴きたく

日本政府に請願いたしますにはマスコミ各社の協力がなくては、出来ません。

国民の皆様におかれましては右記の旨

御推察の上 積極的な御支援をお願い致します。

神戸市長田区XXX○丁目○○

有本明弘」

親として渾身の力を込めて記した必死の訴えです。読み返してみると、

今でも涙がこみ上げてきます。

(つづく)

*「正論」平成19年11月号より(加筆・修正のうえ転載)

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