どうしても言いたい!拉致隠蔽に群がった政・官・マスコミへの根本的不信⑧-2

■無視された手作りビラ■

家族会結成の3年前、ただ一人の支援者もいない中、家族として初めて実名を出して
訴えたのがこのビラです。
このビラを500枚つくりまして、周囲の人たちに配るとともに、マスコミにも送りました。
マスコミへの送付に当たっては、別途次のような手紙をつけました。
「前略 1991年石岡、有本両家族が東京にて記者会見の席を設けて戴き、娘達の事を
お話しする予定のところ、突然何も話さないようにとの要請があり、
お見えになった記者の方には御不満もあったと思いますが、
その時点ではくわしい事は申し上げられませんでした。(略)
北朝鮮に謝罪と償いを明確にした以上、我が国も懸案を先方に明示するのが
国際外交の鉄則と思います。私共の日本政府に対する救済の実現には
マスコミ各社の御支援が無くては出来ないと思って居ります。
私共の声を日本政府及び総理に伝えて戴きたく伏してお願い致します」
90年から91年にかけて取材にきた記者の名刺の住所などにおくり、
警察庁記者クラブに配ってもらいましたが、反応がありませんでした。
そこで、94年12月に配達証明付きで次の社に送りました。
NHK、日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、共同通信、時事、
朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、神戸新聞、週刊文春、週刊新潮
今もその配達証明の書類を持っていますが、こうまでしても
マスコミは拉致問題を無視し続けました。先に引用しましたマスコミ宛て手紙の中の
「北朝鮮に謝罪と償いを明確にした以上、我が国も懸案を先方に明示するのが
国際外交の鉄則と思います」という主張は、今から考えても正しいものだったし、
現在(当時)の我が国政府の立場と完全に一致していると自負しているのですが、
正論が無視されるおかしな状況がマスコミにあったのです。
テレビ・新聞は1997年横田めぐみさんの拉致が明るみになり、家族会が結成されるまで、
拉致問題をまともに取り上げませんでした。
私が実名でそれこそ命がけで訴えた声は、マスコミによって握りつぶされ
国民には伝わりませんでした。
金丸外交は同氏の逮捕で形式上は終わりましたが、その後も、
1995年には野中広務議員、加藤紘一議員らによって拉致を棚上げにしたままの
対北朝鮮米支援が実行されるなど、拉致隠蔽は続き、
それをマスコミは批判せず加担し続けたのです。

(つづく)

*「正論」平成19年11月号より(加筆・修正のうえ転載)